Voiceless world ー魂魄白日夢奇譚ー

Voiceless world of the voice to you 声無きものの聲をあなたに。      人の不思議(魄)と白日夢の如き奇譚(魂)の物語

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お月さん綺麗ですね

今日は中秋の満月で彼岸開けですね。
奈良はお月様が綺麗です。

明日はスーパームーンの月食(日本では見れませんが)だそうで。
満月って、これから新規に始めるって言うよりは、今までやってきたことの結果に対して有難う!とか、
それを踏まえてこれから次の段階に行こうとか、
そういうステップの節目の様に聞いたことがあります。

わたしゃ、このお彼岸の間、おっきな浄化仕事が2つ・・・・・・・
1つは自分の過去生がらみだったんですが、もう1つはどうだったんだろう。

そのうちシリーズで書きたいな、
・・・って言うと書けなくなるから言わないっ←言ってるしw

そういうわけで、数ある「書きます詐欺」続行中の1つをここで>

*****

人は人との繋がりの中で多くを学んだり、知ったりしますが、
その繋がりの中に「家族」という単位があります。


特に「親子」という単位は友人とか、知人、同僚とかと違い、
離れてさようならという訳にはなかなか行かないので、
ここに現れている課題は「どんな形であれ、絶対取り組む」と決めた事、
もしくはそう促された事である事が多ようです。
なんにせ「そこから自分の為に、必ず学ぶもの、見つけるもの、得ることがある」という事です。


その取り組み方ですが、
普通、「絶対取り組む」となると「逃げない」というふうに感じてしまうと思います。
困難や苦境からは逃げずに取り組む、そう私たちは信じてしまうことが多いのです。

親を捨てては行けない、
子供を見放しては行けない
兄弟、姉妹を見放してはいけない

確かにそういう課題もあります。
けど、その困難の中から違う答えを導き出す必要がある場合もあります。


そこで大事なのは上記に上げた「自分の為に」という事です。


この世に生まれたきたからには、
『自分が満ち足りる事が一番大事』なのです。


ごく1~2例ですが「勉強になった」答えを上げてみます。
***

まず1例は私自身。

昔、私は私自身の中の想いと葛藤していました。
それは
「心の奥底では母をあまり好きでないけど、ゆくゆくは親の面倒を見ないと行けない。
親の面倒を見ないことは恩知らずなことだ(特にうちは片親ですので)」
という事でした。


私の母は、母自身そう思ってなかったと思いますが、私にとっては私を縛る人でした。

私が30歳近い頃でも、パーマやカラーはするな、とか、
門限が21時とか(この時は修道院を出て大学で勉強するために一人暮らししてました)、とか、
高校時代は母と一緒の時に偶然、男の先輩と道で挨拶しただけで「あの人は良くなさそうだ」と言ったり…、

あれが正しくてこれは間違っていると、判断基準をしっかりと持っている人でした。


そんな私の葛藤に対して、
ある方がくれた助言は「親を捨てなさい」というものでした。
「そんな事は人でなしだとか、そう思うかもしれないけど、親を捨てなさい。自分一人で抱え込もうとするのはやめなさい」と言われたのです。


その当時はもう就職してましたし、
親とは遠く離れていましたので、物理的には「離れていた」訳です。
けど、物理的にではなく「心理的」な距離も取れ、と言われたのです。


驚きました。
確かに、「親を捨てる」という事は人としてやってはいけないことではないかと思って悩みましたが、
やってみました。

心のなかで「親を捨てよう」と思ったのです。
色々な事情は横に置いといて、
「親の面倒に対しての義務感を捨てよう」と思ったのです。


結果。。。


すごく心が楽になりました。
こんなにも自分の重圧になっていたとはと、驚くほど心が軽くなりました。


その間、一緒に旅行に行ったり、
電話もしたりしてましたが、
何かふっきれてたんですね…


逆に、気負いなく接することが出来るようになりました。
そして、今、大分わだかまりがなくなって来ています。


それは、私自身が他の経験を通して学んだという事もありますし、
親自体も変わってきた、ということがありました。

今思うと、私がしたことは「親離れ」だったのでしょうね…。
親に縛られている=それを容認している事でもあり、
私自身が親の殻から出れていなかったのだ、と今思ってきています。


「捨てる」という決心が、逆に、相手を認める為のステップになったようです。
そして、それはある種の義務=自己犠牲、の感覚を断ち切ったともいえます。


共依存という関係から脱するには、どちらかが旅立つ必要があるのです。
旅だった後、成長して戻ってくるか、まったく違う関係になるか・・・
それは、人それぞれだと思います。

けど、一度「柵(しがらみ)」から、心だけでも解き放ってあげる事もとても大切だと思ったのでした。


***

長くなりましたので、もう1つの例は、また今度。
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瑚月 kogetu

Author:瑚月 kogetu
本職>某病院異端リハビリスト。
特技>体を含めものの声を聴く
焼き肉や鍋の時に同僚に重宝される特技でもある)。

東洋系治療と自然農法に興味あり。
『美しく生きる』を考えたい人。

ブログの中の私が体験した白日夢の奇譚は、患者様の特定を防ぐために整体師・耳視師という設定の中で「月櫻(つきお)」さんに小説:白日夢奇譚という形で語って頂いております。
飽くまで本職は病院勤務で整体院は営んでおりません。
ご了承下さい。



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