2012.10/13 [Sat]
『我田引水』 神世水奇譚・その参
強風の為に新幹線が止まり、その間に月櫻は協力者のなる方々に今回のあらましを大体以下の様に送り続けた。
1)風宮のシナツヒコ様との遭遇、柿田川での出来事(土地神の位上げ、水源からの神気の流れの改善)
2)それは予行演習だったという事。
3)不祥月櫻が富士に人質になっており、狭霧殿がその為に富士からの依頼を受諾したという事。
4)まず柿田川の時のように富士の神気が通りやすく成るようにする。
5)かつては疎通していた富士と東北を結んぶ霊的な「風穴」を通し、それとともに東北の位上げを行う。
6)その依頼を達成するためには、強大な一人の力も必要だが、複数の人の思い(神縁)が必要であるという事。
受け取った複数の協力者からは「出来る事があれば、是非」と快諾の返事が相次いで届いた。
実は今回の仕事において、月櫻には「6」が最も重要なポイントに感じられていた。
『なるべく多くの人が関与する事が望ましい』という感じがひしひしと月櫻の胸に湧いていた。
人は誰しも「ルーツ」を持っている。
自分が持っている宗教や「無神論者」という現在の状況とは関係なく、
「先祖」という存在を土台として「血脈」が続いた末に「自分」が存在するという事実がある限り、
人は何かしらの「神縁」を持つ。
先祖のない人が居ないように、
人という種のDNAには、積み重なった見えない情報・記憶があるのだ。
そしてその奥底にはどんな国のどんな民族であっても、
必ず「神」と共に生きていた時代があるのである。
現在、地球という星には「宇宙」から来た魂や、生まれたての魂を持つ人々も多々存在しているが、
これはそれとは別の「人という肉体」の持つ「DNA」という綱からつながるルーツであると月櫻は考えている。
そういう意味では、
「人」は魂が持つルーツと肉体DNAが持つルーツの2つのルーツを持っているといえるのかもしれない。
余談だが、日本神話で出てくる神々のほとんどは「もともと生きていた人間」である。
これは月櫻の持論という訳でもなく、宮崎は高千穂の天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)では、
宮司殿が「アマテラスは人、云々」と説明をしてくださる。
多少過大解釈であり、一部の宗教家や思想家には誤解されそうで注意だが、
そういう意味で神社に祀られている神々は誰かしらの先祖や先祖の部族に関与した主であり、
日本は仏教的にも先祖を祭り、神道的にも神社で先祖を崇めていることに成る。
人は神からの分け御霊。
これは人の根本は善であるという「性善説」の最たるものかもしれない。
ただし、大物主の様に一つの神の名を違う時代の複数の人が担っている場合もある。
そうなると「ある神の名」は、「部長」「支店長」という役職名のような雰囲気もある。
また支配を受ける文化(大和朝廷)の神の名を冠し、
己の名を捨てることで「実」を得た地方の神々も日本には多くいる。
日本神話で「天津神」「国津神」の名前を知っているだけでも大した者だと思える程、
民衆は「神」に対して希薄になっているがそれも致し方ない現状である。
そうやって「忘れ去られる」無数の数え切れない神々の上に今の文化は成り立っている。
そして、
今回の依頼は、単に「道」を通す事だけではなく、
その「忘れられた古代の神々」や「天津神」「国津神」との関係に深く深く関わる事の様に月櫻は感じていた。
今回の件が「大仕事」である理由は、
その内容に浮上してきた神々・神界が大きな意味を持っていたからであった。
今からここに上げる神名は、神の名が単に「役職」や「処遇」を指すという意味がある…という事も踏まえて見てもらった方がいいかもしれない。
富士神界:木之花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)
白山神界:菊理媛(ククリヒメ)
伊勢神界:級長津彦命(シナツヒコノミコト)
そして、東北・北海道は瀬織津姫(セオリツヒメ)
日本に現存する大きな神域が、今回の依頼に名を連ねたのであった。
***************************
「数霊」の著者深田剛史氏等の説では、東北・北海道は「瀬織津姫(せおりつひめ)」と神縁が深いとされている。瀬織津姫の存在は説により色々な見方があるのでここでは詳しくは書かないが「歴史から隠蔽された神」という代名詞も持っており、「封印された女性性の象徴」ともされている。
月櫻の印象では、「歴史の表舞台から隠された」という所が、
かつて大和民族に文化(神)を消されたアイヌや蝦夷の方々にも繋がるように思われた。
上に書いた事の続きになるが、古代、「神」は民族と共に生き、宗教は「文化」そのものであった。
民族毎にその土地にあった固有の文化があったように、その土地にあった固有の神が居た。
神々は民を結束させ、そして人々と共に生きていた。
それ故、上位民族が他民族を支配する時、まず行う事が「文化の駆逐」=「神の消滅」だった。
大和民族が崇める神の一族=「天孫族」に対し、友好的、または敵対しても抹消するには恐ろしい程強かった神(文化・民族)は国津神としてその存在を残すことを果たした。
しかし、そうでないものは駆逐されて、消滅していった。
これは天孫と国津神の時代だけではない、
その昔から、ずっと、ずっと…、
「残ってない」だけで、多くの神々が、人々と文化と共に栄枯盛衰を繰り返してきたのだ。
そう、まるで地層そのもののように…。
「東北の位上げを」という言葉と共に見えたイメージは、
富士を中心に日本の大地全体に広がるネットワークのような光の繋がりであった。
そこには「単に富士の神流を流す」というのではなく、
今まで均衡を保ちながらも、互いに神域の垣根は持ち続けていた日本の各神々が、
各神域の垣根を取り払い手を取り合う、一大転換を行う印象があった。
おりしも、日本と海の向の国々がコミュニケーションが上手く行っていない今、
会話は水に比喩される時がある。
国際情勢の中で会話(水)が上手く行かずに問題を抱える日本が国際的に結ばれていくようなイメージを、
最近、よく見ていたのだが、今回の依頼と共に見えた『日本全域が結ばれたイメージ』が、神々の垣根を超えた「協力関係の構築」であったなら…、
それは、これから日本の神々と世界の国々の神々が互いの垣根を超えて「地球」の為に協力関係(連合)を組んでいくという「大きな未来」に向けての内部固め、そのものにも思えたのであった。
ちなみに、伊勢のシナツヒコ様は台風に対しても被害を最小に食い止めるために、
神々と動くと申されておられた。
現在来ている台風18号のアジア名の「イーウィニャ」がミクロネシアの嵐の神から付けられている事を知っている人がどれだけ居るだろうか。
アジアとのコミュニケーション障害で「風当たりの強い」日本に、嵐の神が舞い降りる。
それに対して、神風が発動するのであるとしたら、これは神話レベルの壮大な孟宗に違いない…。
月櫻は自分の思いがあまりにも大きくなりすぎている事に苦笑し、
意識を引き締めた。
***********************
さて、新幹線が強風の為に停止してから早二時間程経過していた。
協力依頼をした方々からは快諾の返事があったものの、「方法」や「実施時間」など実際的な連絡は何もなされていない状況であった。
人質は静岡県から出られない様だ…、という狭霧殿にあてたメールの返事もまだ帰ってこない所をみると、
狭霧殿は高エネルギー出力の為、肉体活動のレベルを最低限に設定=「睡眠」に入ったと予測された。
となると、狭霧殿から「協力者のエネルギーを統括する方法」や「時間」についての連絡を当てにするのは難しいだろう…。
ならば、人質であちらに居るのであるのだから私があちらにアクセスして方法を聞くしかないか…
時間がないのはないのだからな。まぁ、いいだろう。
そう判断した月櫻は、人気が無いことをいいことに、3列シートを独占して足を伸ばして目を閉じた。
**********************
目を閉じた途端、
白装束で椅子に座り、手足を縄で拘束されている姿が浮かんだ。
文字通り人質状態である。
周囲のいる者に尋ねようとした時、
縄はぱらりと外れた。
足の縄も外れた。
久々に開放された手首をくるくると回していると、
周囲の方々が深々と頭を下げて来た。
「この度は大変ごぶれい…」
ブー
ブー
ブー
携帯の着信バイブレーターが手元でなり、
月櫻は強制的にこちらに引き戻された。
着信メールの主は狭霧殿であり、
「人質!?。とにかくこちらは開始宣言しました!」という内容であった。
成る程それで縄が外されたわけか、なんというタイミングだろう!。
そんな月櫻の耳に室内アナウンスが響いた。
「風が収まりましたので、電線についた枯葉等の点検が終了次第、運行を再開します」
出来すぎ。
嘘のようなホントのタイミングに思わず月櫻はデッキに飛び出て狭霧殿に電話をかけた程であった。
***************************
縄が外された時、同時に必要な情報も幾つか得ていた。
*時間>開始宣言はなされているので、祈りの期間は現在から当日23時59分までとする。
*祈りについて>「和合」や「繋がる」をイメージしたり言葉に出してください。
時間は最低三分間。一回から、できる方は数多くしていただけたら嬉しい。
*一回目の祈りの前にほんのすこしでいいので水と塩とお米を用意して頂けますと大変大変嬉しい。
以上を狭霧殿に電話で連絡し確認をした後、協力者に一斉送信した。
すると協力者の中からイメージで「物品」が出てきたがどうしようかという問い合わせが来た。
なるほど、イメージした物をお届けする祭壇があってもいいな…、
そういえば、帰りの車の中で狭霧殿がちょうどこの期間にヒーリングに開放している空間「-月輝の杜-」を利用するのはどうかという話が出たな…。
そこに祭壇を設けてもらえる場所はあるだろうか?。
いそいで問い合わせのメールを狭霧殿に送った。
瞬時に返信があった。
「もう設置したw」
流石だ。
はや・・・・、
その時、再び室内アナウンスが流れた。
「障害物の点検が完了しました。新幹線の運行を再開致します」
で き す ぎ の よ う な ほ ん と の は な し 。
仕事に対する見えない「行動」と「現実」とのリンクの絶妙さに、
流石の月櫻もこみ上げてくる笑いをこらえるのに必死であった。
しかし、そうなると本当に「人質」で「拘束」されてたんですねぇ…。
げに奇しきは神の御業かな。
笑いが収まった後、月櫻はこの旅最後の大きなため息をついたのであった。
気を持ち直し、協力者の方々に祭壇の件を連絡した。
それそれが思う「和合」「結ぶ」というアイテムが月輝の杜の祭壇に並べられていった。
水・米・塩も頑張ってもらったようだ。
『現実の私たちが自分で動いて捧げるという事』が思考以上に非常に強いエネルギーになり、
神々を動かすという事は意外に知られてない事実である。
神社に詣でる。
捧げ物をする。
高価であるとかより「如何に心を割いたか」が捧げ物の輝きを増すのである。
協力者の中には海外在住者も居た。
用意するのがさぞや大変だっただろうと思われる。
しかし、「東北の為」という思いによって為された行動は、風神シナツヒコ様が指差す閉じられた風穴への大いなる推進力となっただろう…。
富士神界は水。
古代神は水にまつわる神が多い。
清らかな水は彼らを癒すだろう。
伊勢神界は風。
東北、北海道は最後まで大和民族に対して誇りある行動をした古き民族が大勢居た。
今回、富士からの神気のルート(風穴-ふうけつ)を回復するという事は援助でもあり、
古代神との間にある、ある種の「確執」に対してまさに「風穴」を空ける行為にも感じた。
しかし、東北・北海道の古代神を代表する大和神名を持つ瀬織津姫が厄払いの「祓戸神(はらいどのかみ)」
であるように、伊勢神界(やまと神)が神域に入ることをすぐには良しとしない流れもあるに違いなかったのであろう。
そこで、白山神界も参加した。
異なる意見を和合し、結ぶ「くくり(括り)ヒメ」(菊理姫)が調停役を請け負ったという訳であろう。
しかしそれだけでは、ダメであった。
「神意」は「真意」によってのみ動くことが出来る。
それが「人々を思って為される事」であればなおさらである。
用意はしてくれる。
サポートもしてくれる。
全力をつくしてくれる。
しかし、「ヤル」のは「人」でなければならないのだ。
行動の無い所に、「無」に「有」は為されないのだ。
故に、「神意」を動かすには人の「真意」が必要となる。
それだけではなく、
協力を申し出てくれたものの中には色々な神縁を持つ方々が居られた。
国津神の代表格である出雲神界に縁のある方も居た。
大いなる海洋民族系である市杵島姫命に縁がある方も居た。
強い古代神の流れである「竈(かまど)神」と縁がある方も居た。
色々な神(民族)の流れの末となる者が、
皆、1つの思いを共にし、重ねた手で閉ざされかけた扉を叩くのだ。
関わる人が多いほど、
真意は強くなり、神意を動かす。
今回、狭霧殿・鬱金殿・月櫻、そして協力者の面々が動いた事の他に、
実は別の場所や時を異にして同じように「東北」を思い、行動している流れが幾つもあった事を月櫻は後で知った。
といっても月櫻個人が知り得た事であるのだから、
それすらも氷山の一角なのであろう。
今回の事を成すために、
どれだけ多くの人が行動し、祈ったのだろう。
そして、そのどれもが仕事の「大きさ」や「小ささ」に限らず、
大切な大切な石垣の石(意志)の1つであり、どれが欠けても、石垣はもろく崩れさるのである。
さて、新幹線の中で月櫻ができる事はこれで一段落したようだ。
残りはもう一仕事、イメージが浮かんだ。
それは23時59分に行われるだろう。
しかし
終電までに着くのだろうか?←。
月櫻の思いを知ってか、「こだま」は今までの送れを取り戻すかの様に、
まるで「のぞみ」の様にどんどん加速をして行った。
町の光が流れていく。
早い。
早い。
そして、月櫻が乗るこだまは強風危険区域を無事抜け去り、
静岡県三島駅出発から実に2時間半遅れて京都駅に到着したのであった。
**********************
京都駅からは特急に、タクシー利用とつましい月櫻のお財布事情からは随分豪気な奮発のかいがあり、
帰宅した月櫻は自分の家の神前の水・米・塩を新たに備え、
23時59分には祈りに入れたのであった。
目を閉じると月輝の杜の祭壇であった。
月の森の祭壇の前で座ってなんぞ祝詞みたいなの上げている自分と、
三線を弾いている奏者の自分と踊り手の自分の三分割に分かれていた。
三線は古代神が好む楽器である。
いにしえの神々に奉納するにはうってつけであった。
というか、これが出てくるという事は、今回の依頼に古代神が関わっているではないかという月櫻の予測を少しは裏付けるものであった。
祭壇にある、皆の思いが具現化したアイテムがふわっと浮き上がった。
それぞれがオーラの帯で結ばれていき、それが空に向かうような二本の太い帯になり、
それがみるみるうちにより合わされねじりあってどんどん上に伸びていく。
その間、ずっと沖縄語の歌と三線が流れている。
視点がどんどん上空になり、日本列島を眺めている図から、
地球を月から眺めている視点にかわりながらも、その太い帯は日本から宇宙の奥に向かって伸びていく。
瞬間、
それが帰ってきたように光が宇宙から来た。
ごおっっ…
それは凄い速さの光の帯・彗星のようであり、
そして時間を巻き戻すように日本に戻っていった。
24:00。
いや、新たなる半年の始まり、10月1日0時。
任務完了とあいなった。
**************************
我田引水>
一般的に、他人の不利益になろうとも、自分に都合のいいように理屈付けや行為をすることを意味するようになった。
しかし我が田に水を引くという利己的な行為から、水争いが起こ った。それを避けようとして、農民たちは互いに満足できる公 正な水の配分法の実現を求めた。試行錯誤の末、彼らは円 筒分水という用水施設を発明した。農民たちはその発明を 「想い一筋、流れは八筋」(「丹沢平野小唄」)と歌って祝った。 これは水争いを解消させ、水の公正な分配を可能とさせる、 農民の生活の知恵の結晶であった。
これぞ正に、「利己主義から割り出した公平という念」(夏目漱石)の現実化である。
参考文献
『交換の社会学』(世界思想社 2005)。「2章一般命題」 と 「9章分配の公正」 参照。
『諺と格言の社会学』 より抜粋
1)風宮のシナツヒコ様との遭遇、柿田川での出来事(土地神の位上げ、水源からの神気の流れの改善)
2)それは予行演習だったという事。
3)不祥月櫻が富士に人質になっており、狭霧殿がその為に富士からの依頼を受諾したという事。
4)まず柿田川の時のように富士の神気が通りやすく成るようにする。
5)かつては疎通していた富士と東北を結んぶ霊的な「風穴」を通し、それとともに東北の位上げを行う。
6)その依頼を達成するためには、強大な一人の力も必要だが、複数の人の思い(神縁)が必要であるという事。
受け取った複数の協力者からは「出来る事があれば、是非」と快諾の返事が相次いで届いた。
実は今回の仕事において、月櫻には「6」が最も重要なポイントに感じられていた。
『なるべく多くの人が関与する事が望ましい』という感じがひしひしと月櫻の胸に湧いていた。
人は誰しも「ルーツ」を持っている。
自分が持っている宗教や「無神論者」という現在の状況とは関係なく、
「先祖」という存在を土台として「血脈」が続いた末に「自分」が存在するという事実がある限り、
人は何かしらの「神縁」を持つ。
先祖のない人が居ないように、
人という種のDNAには、積み重なった見えない情報・記憶があるのだ。
そしてその奥底にはどんな国のどんな民族であっても、
必ず「神」と共に生きていた時代があるのである。
現在、地球という星には「宇宙」から来た魂や、生まれたての魂を持つ人々も多々存在しているが、
これはそれとは別の「人という肉体」の持つ「DNA」という綱からつながるルーツであると月櫻は考えている。
そういう意味では、
「人」は魂が持つルーツと肉体DNAが持つルーツの2つのルーツを持っているといえるのかもしれない。
余談だが、日本神話で出てくる神々のほとんどは「もともと生きていた人間」である。
これは月櫻の持論という訳でもなく、宮崎は高千穂の天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)では、
宮司殿が「アマテラスは人、云々」と説明をしてくださる。
多少過大解釈であり、一部の宗教家や思想家には誤解されそうで注意だが、
そういう意味で神社に祀られている神々は誰かしらの先祖や先祖の部族に関与した主であり、
日本は仏教的にも先祖を祭り、神道的にも神社で先祖を崇めていることに成る。
人は神からの分け御霊。
これは人の根本は善であるという「性善説」の最たるものかもしれない。
ただし、大物主の様に一つの神の名を違う時代の複数の人が担っている場合もある。
そうなると「ある神の名」は、「部長」「支店長」という役職名のような雰囲気もある。
また支配を受ける文化(大和朝廷)の神の名を冠し、
己の名を捨てることで「実」を得た地方の神々も日本には多くいる。
日本神話で「天津神」「国津神」の名前を知っているだけでも大した者だと思える程、
民衆は「神」に対して希薄になっているがそれも致し方ない現状である。
そうやって「忘れ去られる」無数の数え切れない神々の上に今の文化は成り立っている。
そして、
今回の依頼は、単に「道」を通す事だけではなく、
その「忘れられた古代の神々」や「天津神」「国津神」との関係に深く深く関わる事の様に月櫻は感じていた。
今回の件が「大仕事」である理由は、
その内容に浮上してきた神々・神界が大きな意味を持っていたからであった。
今からここに上げる神名は、神の名が単に「役職」や「処遇」を指すという意味がある…という事も踏まえて見てもらった方がいいかもしれない。
富士神界:木之花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)
白山神界:菊理媛(ククリヒメ)
伊勢神界:級長津彦命(シナツヒコノミコト)
そして、東北・北海道は瀬織津姫(セオリツヒメ)
日本に現存する大きな神域が、今回の依頼に名を連ねたのであった。
***************************
「数霊」の著者深田剛史氏等の説では、東北・北海道は「瀬織津姫(せおりつひめ)」と神縁が深いとされている。瀬織津姫の存在は説により色々な見方があるのでここでは詳しくは書かないが「歴史から隠蔽された神」という代名詞も持っており、「封印された女性性の象徴」ともされている。
月櫻の印象では、「歴史の表舞台から隠された」という所が、
かつて大和民族に文化(神)を消されたアイヌや蝦夷の方々にも繋がるように思われた。
上に書いた事の続きになるが、古代、「神」は民族と共に生き、宗教は「文化」そのものであった。
民族毎にその土地にあった固有の文化があったように、その土地にあった固有の神が居た。
神々は民を結束させ、そして人々と共に生きていた。
それ故、上位民族が他民族を支配する時、まず行う事が「文化の駆逐」=「神の消滅」だった。
大和民族が崇める神の一族=「天孫族」に対し、友好的、または敵対しても抹消するには恐ろしい程強かった神(文化・民族)は国津神としてその存在を残すことを果たした。
しかし、そうでないものは駆逐されて、消滅していった。
これは天孫と国津神の時代だけではない、
その昔から、ずっと、ずっと…、
「残ってない」だけで、多くの神々が、人々と文化と共に栄枯盛衰を繰り返してきたのだ。
そう、まるで地層そのもののように…。
「東北の位上げを」という言葉と共に見えたイメージは、
富士を中心に日本の大地全体に広がるネットワークのような光の繋がりであった。
そこには「単に富士の神流を流す」というのではなく、
今まで均衡を保ちながらも、互いに神域の垣根は持ち続けていた日本の各神々が、
各神域の垣根を取り払い手を取り合う、一大転換を行う印象があった。
おりしも、日本と海の向の国々がコミュニケーションが上手く行っていない今、
会話は水に比喩される時がある。
国際情勢の中で会話(水)が上手く行かずに問題を抱える日本が国際的に結ばれていくようなイメージを、
最近、よく見ていたのだが、今回の依頼と共に見えた『日本全域が結ばれたイメージ』が、神々の垣根を超えた「協力関係の構築」であったなら…、
それは、これから日本の神々と世界の国々の神々が互いの垣根を超えて「地球」の為に協力関係(連合)を組んでいくという「大きな未来」に向けての内部固め、そのものにも思えたのであった。
ちなみに、伊勢のシナツヒコ様は台風に対しても被害を最小に食い止めるために、
神々と動くと申されておられた。
現在来ている台風18号のアジア名の「イーウィニャ」がミクロネシアの嵐の神から付けられている事を知っている人がどれだけ居るだろうか。
アジアとのコミュニケーション障害で「風当たりの強い」日本に、嵐の神が舞い降りる。
それに対して、神風が発動するのであるとしたら、これは神話レベルの壮大な孟宗に違いない…。
月櫻は自分の思いがあまりにも大きくなりすぎている事に苦笑し、
意識を引き締めた。
***********************
さて、新幹線が強風の為に停止してから早二時間程経過していた。
協力依頼をした方々からは快諾の返事があったものの、「方法」や「実施時間」など実際的な連絡は何もなされていない状況であった。
人質は静岡県から出られない様だ…、という狭霧殿にあてたメールの返事もまだ帰ってこない所をみると、
狭霧殿は高エネルギー出力の為、肉体活動のレベルを最低限に設定=「睡眠」に入ったと予測された。
となると、狭霧殿から「協力者のエネルギーを統括する方法」や「時間」についての連絡を当てにするのは難しいだろう…。
ならば、人質であちらに居るのであるのだから私があちらにアクセスして方法を聞くしかないか…
時間がないのはないのだからな。まぁ、いいだろう。
そう判断した月櫻は、人気が無いことをいいことに、3列シートを独占して足を伸ばして目を閉じた。
**********************
目を閉じた途端、
白装束で椅子に座り、手足を縄で拘束されている姿が浮かんだ。
文字通り人質状態である。
周囲のいる者に尋ねようとした時、
縄はぱらりと外れた。
足の縄も外れた。
久々に開放された手首をくるくると回していると、
周囲の方々が深々と頭を下げて来た。
「この度は大変ごぶれい…」
ブー
ブー
ブー
携帯の着信バイブレーターが手元でなり、
月櫻は強制的にこちらに引き戻された。
着信メールの主は狭霧殿であり、
「人質!?。とにかくこちらは開始宣言しました!」という内容であった。
成る程それで縄が外されたわけか、なんというタイミングだろう!。
そんな月櫻の耳に室内アナウンスが響いた。
「風が収まりましたので、電線についた枯葉等の点検が終了次第、運行を再開します」
出来すぎ。
嘘のようなホントのタイミングに思わず月櫻はデッキに飛び出て狭霧殿に電話をかけた程であった。
***************************
縄が外された時、同時に必要な情報も幾つか得ていた。
*時間>開始宣言はなされているので、祈りの期間は現在から当日23時59分までとする。
*祈りについて>「和合」や「繋がる」をイメージしたり言葉に出してください。
時間は最低三分間。一回から、できる方は数多くしていただけたら嬉しい。
*一回目の祈りの前にほんのすこしでいいので水と塩とお米を用意して頂けますと大変大変嬉しい。
以上を狭霧殿に電話で連絡し確認をした後、協力者に一斉送信した。
すると協力者の中からイメージで「物品」が出てきたがどうしようかという問い合わせが来た。
なるほど、イメージした物をお届けする祭壇があってもいいな…、
そういえば、帰りの車の中で狭霧殿がちょうどこの期間にヒーリングに開放している空間「-月輝の杜-」を利用するのはどうかという話が出たな…。
そこに祭壇を設けてもらえる場所はあるだろうか?。
いそいで問い合わせのメールを狭霧殿に送った。
瞬時に返信があった。
「もう設置したw」
流石だ。
はや・・・・、
その時、再び室内アナウンスが流れた。
「障害物の点検が完了しました。新幹線の運行を再開致します」
で き す ぎ の よ う な ほ ん と の は な し 。
仕事に対する見えない「行動」と「現実」とのリンクの絶妙さに、
流石の月櫻もこみ上げてくる笑いをこらえるのに必死であった。
しかし、そうなると本当に「人質」で「拘束」されてたんですねぇ…。
げに奇しきは神の御業かな。
笑いが収まった後、月櫻はこの旅最後の大きなため息をついたのであった。
気を持ち直し、協力者の方々に祭壇の件を連絡した。
それそれが思う「和合」「結ぶ」というアイテムが月輝の杜の祭壇に並べられていった。
水・米・塩も頑張ってもらったようだ。
『現実の私たちが自分で動いて捧げるという事』が思考以上に非常に強いエネルギーになり、
神々を動かすという事は意外に知られてない事実である。
神社に詣でる。
捧げ物をする。
高価であるとかより「如何に心を割いたか」が捧げ物の輝きを増すのである。
協力者の中には海外在住者も居た。
用意するのがさぞや大変だっただろうと思われる。
しかし、「東北の為」という思いによって為された行動は、風神シナツヒコ様が指差す閉じられた風穴への大いなる推進力となっただろう…。
富士神界は水。
古代神は水にまつわる神が多い。
清らかな水は彼らを癒すだろう。
伊勢神界は風。
東北、北海道は最後まで大和民族に対して誇りある行動をした古き民族が大勢居た。
今回、富士からの神気のルート(風穴-ふうけつ)を回復するという事は援助でもあり、
古代神との間にある、ある種の「確執」に対してまさに「風穴」を空ける行為にも感じた。
しかし、東北・北海道の古代神を代表する大和神名を持つ瀬織津姫が厄払いの「祓戸神(はらいどのかみ)」
であるように、伊勢神界(やまと神)が神域に入ることをすぐには良しとしない流れもあるに違いなかったのであろう。
そこで、白山神界も参加した。
異なる意見を和合し、結ぶ「くくり(括り)ヒメ」(菊理姫)が調停役を請け負ったという訳であろう。
しかしそれだけでは、ダメであった。
「神意」は「真意」によってのみ動くことが出来る。
それが「人々を思って為される事」であればなおさらである。
用意はしてくれる。
サポートもしてくれる。
全力をつくしてくれる。
しかし、「ヤル」のは「人」でなければならないのだ。
行動の無い所に、「無」に「有」は為されないのだ。
故に、「神意」を動かすには人の「真意」が必要となる。
それだけではなく、
協力を申し出てくれたものの中には色々な神縁を持つ方々が居られた。
国津神の代表格である出雲神界に縁のある方も居た。
大いなる海洋民族系である市杵島姫命に縁がある方も居た。
強い古代神の流れである「竈(かまど)神」と縁がある方も居た。
色々な神(民族)の流れの末となる者が、
皆、1つの思いを共にし、重ねた手で閉ざされかけた扉を叩くのだ。
関わる人が多いほど、
真意は強くなり、神意を動かす。
今回、狭霧殿・鬱金殿・月櫻、そして協力者の面々が動いた事の他に、
実は別の場所や時を異にして同じように「東北」を思い、行動している流れが幾つもあった事を月櫻は後で知った。
といっても月櫻個人が知り得た事であるのだから、
それすらも氷山の一角なのであろう。
今回の事を成すために、
どれだけ多くの人が行動し、祈ったのだろう。
そして、そのどれもが仕事の「大きさ」や「小ささ」に限らず、
大切な大切な石垣の石(意志)の1つであり、どれが欠けても、石垣はもろく崩れさるのである。
さて、新幹線の中で月櫻ができる事はこれで一段落したようだ。
残りはもう一仕事、イメージが浮かんだ。
それは23時59分に行われるだろう。
しかし
終電までに着くのだろうか?←。
月櫻の思いを知ってか、「こだま」は今までの送れを取り戻すかの様に、
まるで「のぞみ」の様にどんどん加速をして行った。
町の光が流れていく。
早い。
早い。
そして、月櫻が乗るこだまは強風危険区域を無事抜け去り、
静岡県三島駅出発から実に2時間半遅れて京都駅に到着したのであった。
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京都駅からは特急に、タクシー利用とつましい月櫻のお財布事情からは随分豪気な奮発のかいがあり、
帰宅した月櫻は自分の家の神前の水・米・塩を新たに備え、
23時59分には祈りに入れたのであった。
目を閉じると月輝の杜の祭壇であった。
月の森の祭壇の前で座ってなんぞ祝詞みたいなの上げている自分と、
三線を弾いている奏者の自分と踊り手の自分の三分割に分かれていた。
三線は古代神が好む楽器である。
いにしえの神々に奉納するにはうってつけであった。
というか、これが出てくるという事は、今回の依頼に古代神が関わっているではないかという月櫻の予測を少しは裏付けるものであった。
祭壇にある、皆の思いが具現化したアイテムがふわっと浮き上がった。
それぞれがオーラの帯で結ばれていき、それが空に向かうような二本の太い帯になり、
それがみるみるうちにより合わされねじりあってどんどん上に伸びていく。
その間、ずっと沖縄語の歌と三線が流れている。
視点がどんどん上空になり、日本列島を眺めている図から、
地球を月から眺めている視点にかわりながらも、その太い帯は日本から宇宙の奥に向かって伸びていく。
瞬間、
それが帰ってきたように光が宇宙から来た。
ごおっっ…
それは凄い速さの光の帯・彗星のようであり、
そして時間を巻き戻すように日本に戻っていった。
24:00。
いや、新たなる半年の始まり、10月1日0時。
任務完了とあいなった。
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我田引水>
一般的に、他人の不利益になろうとも、自分に都合のいいように理屈付けや行為をすることを意味するようになった。
しかし我が田に水を引くという利己的な行為から、水争いが起こ った。それを避けようとして、農民たちは互いに満足できる公 正な水の配分法の実現を求めた。試行錯誤の末、彼らは円 筒分水という用水施設を発明した。農民たちはその発明を 「想い一筋、流れは八筋」(「丹沢平野小唄」)と歌って祝った。 これは水争いを解消させ、水の公正な分配を可能とさせる、 農民の生活の知恵の結晶であった。
これぞ正に、「利己主義から割り出した公平という念」(夏目漱石)の現実化である。
参考文献
『交換の社会学』(世界思想社 2005)。「2章一般命題」 と 「9章分配の公正」 参照。
『諺と格言の社会学』 より抜粋
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- 『一衣帯水』 神世水奇譚:その肆 (2012/10/14)
- 『我田引水』 神世水奇譚・その参 (2012/10/13)
- 『背水の陣』 神世水奇譚:その弐 (2012/10/13)
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Re: 『我田引水』 神世水奇譚・その参
ものすごく壮大な事になっていたのですね。。。
読者としては大変読み応えがあり面白く拝読致しましたが(笑)、当事者の皆様方はさぞ大変でありましたでしょう。
そういえば、今回のあの台風、進路が変わって伊勢の方を突っ切って進んで来たなぁ、という印象がありました。
そして、思っていたより風も雨もあれ?って思うほど、酷くなくて早く過ぎていった気がするのです。
シナツヒコ様をはじめとする神界の皆様が頑張って下さったのですねぇ。
本当に感謝感謝ですね。
三線の話が出てきた事にびっくりしました。
台風が来たあの週にちょうど名古屋で宮古島の御嶽(ウタキ)で神様に捧げる唄を歌い継いで来たおばあ達の映画が公開されていまして、それを観に行ってたのを思い出しました。
そしてコメントを書いてるうちに、全てのものがリンクしている気がしてきましたww
ウタキって御嶽って書くんですよね。。。(爆
そういえば、台風の日(しかも丁度通過してる時間)にその映画に出てきた沖縄の曲を聴きたいなーと思って聴いてましたw
ただの偶然といえば偶然なんですが、ほんのり繋がりを感じました。
長々と大変失礼致しました。
久々の更新、とっても嬉しかったです。
本当にありがとうございました&おつかれさまでした!!!